人との違いを楽しんでヨガがしたい

奈良、菖蒲池・学園前の初心者向け女性ヨガ教室「ヨガの和ほこほこ」のNaoです。

先日、菖蒲池を歩いておりました。
ホームページの自己紹介に載せる写真を撮ろうと思ったのです。

菖蒲池で木のポーズ

うわー、インスタ映えしない!
性別さえわからないかも(汗)。
自然の中でのヨガポーズは、人を選びますね(苦笑)。

さて、一口にヨガをする言っても、一人で行うおうちヨガと、他の人と一緒に教室でヨガをするのとでは、少々違います。
おうちヨガの良いところは、自分とゆっくり向き合えるところですね。

一方、みんなでヨガは、人の元気をもらえます。
ただ、おうちヨガと違う感情も生まれます。
それは「人の目が気になる」「人と比べてしまう」こと。

「人と比べないで」と、ヨガの先生は言います。
いえ、ヨガだけではありません。
学校でも、社会でも、ハウツー本でも、スピリチュアルなメッセージでも、そう言われています。
SMAPの「世界に一つだけの花」の歌詞もそうですね。

それだけ言われているということは、裏返すと
<人と比べないことは、集団生活を送る人間にとって、至難の業>
ということです。

ですから私は最近、ヨガのレッスンでは「人と比べないで」と言わなくなりました。
ポーズに集中したら、人の目は気にならなくなる(そんな余裕はなくなる)ことが一点。
もう一点は「積極的に人との違いを楽しめばええんちゃう?」です。
これは自省を込めて。

女性は男性より共感力が高いと言われています。
「私、足がむくんでパンパンやねん」
「へー、私はむくみ知らずやで。でも肩こりが半端ないわー」
よくありそうな会話ですが、ウィンウィンの会話が素敵です。

ここに上下関係はありません。
“みんな違ってみんないい”精神を感じます。

ヨガのポーズも同じです。
できないポーズが人それぞれ違うことは<おもしろい>ことです。

体には人の歴史が刻まれています。
ポーズのとり方には、思考癖が表れます。
これを比べ合いっこすると、自分を客観視する目が生まれます。

人と違うという事実をどう捉えるかだけなんですよね。
だから私はダメなんだと悲観するか、やー、人の体ってみんな違うんやなーと俯瞰(客観視)するか。

客観視すると、視界が広がるのです。
視界が広がると、自分が悩んでいたことは消えなくても、視界が広がった分小さく見えます。

「いえ、私はそんな風には思えません」という方もおられると思います。
そこで女性の共感力がものを言います。
「私、このポーズができなくて・・・」と誰かに伝えてみてください。
「えー、私はそれはできるけど、これはできへんで!」と共感してくれる人が必ずいます。

「私もできへんかったけど、毎日やってたらできるようになってきたよ」
と体験談を話してくれる方もいます。
そうです、自分で無理矢理、客観視せねばと思わずとも、会話が生まれると、誰かが勝手に客観視の手伝いをしてくれます。

共感と体験のシェアで、自分の枠も、人の輪も広がっていく。
これは私が不妊に悩む人対象のヨガだった「ニンヨウヨガ」で学んだことです。

人と一緒にヨガをする楽しさは、こんなところにあります♪
大いに人と比べて、それを楽しみたいものです。